1. ものと向きあう、わたしの視点。

タイトル

身のまわりにあふれる、たくさんの「もの」。たくさんの選択肢のなかから何かひとつを選びだす過程には、そのひとらしさがとてもよく表れます。どんな視点で「もの」を選択しているのか……さまざまな女性の「もの」との向きあい方や想いを、ご紹介します。

木村さん

木村さんとはじめてお会いした瞬間のことが、とても印象深く思い出されます。木村さんの自宅兼オフィスを訪ね、ドアが開いたとき、とてもにこやかでやさしい日差しのようでした。そんな木村さんのもの選び・ものとの関わり方について、お話をうかがいました。



この鞄で毎日会社に通って、出張やどこにでもこれで行って。ほんとうに毎日どこに行くにも一緒。もうぼろぼろなんですけど、これ、3代目なんですよ。同じバッグを10年で3個。 使っていく間に、愛着ってわいてきますよね。そこに自分の想いがのるっていうか。だからくったくたになっている鞄が、自分そのものだって思うときがあります。



自分が持つものの数は、多い必要はないんです。とても厳選した、自分にフィットしたものを数少なく持ちたい。買うときに本当に気に入って買ったものって永く付き合えますよね。私はすごく欲しいと思わなかったら、買わない。必ず「なくてもいいんじゃない?」と自分に問うてみる。しばらくおいて、それでもどうしても欲しいなと思うものしか買わない。結局、あとで捨てることになりますから。



海写真

いままで、ものをすごい捨ててきました。若いころは、ものに惚れ込んで買うことがけっこう多かった。ただ、持っているものを全部広げてみたときに、ほんとうに脈絡がなくて。おそらく、自分を探してたんでしょうね。そのときに、ものを手離すことができたのは、基準をつくったからです。

①本物であること
②ながく使えること
③シンプルであること

本物であることというのは、使っている素材やつくられているプロセスが、ていねいなもの。その分高いけれど、ながく使える。そういう基準で、当時自分の身の回りのものを残すものと手離すものをわけたら、ほんのちょこっとしか残らなかった。これが「自分でものを選ぶ」という基準をはじめて持ったときかな。そのときの基準が、しばらく生きていました。



そういった基準を設けたもの選びが、しばらく続きました。あんなに捨てたんだからもう捨てるのはもったいないと思って。だけどいま思うと、それはすごく左脳的な感じがして。理屈で考えてる。そのころは30歳後半くらいで、ちょうど苦しく働いていたときでした。たぶん、自分がそうなりたかったんだと思うんですよ……。



自分が本物になりたかったし、自分が流行に関係なく本質的な存在であると思いたかった。

シンプルで上質なひとでありたいっていう憧れがあって、そこにすごい執着していたんだと思います。アクセサリーもほとんどしなくって。どうしてかといえば、自分がほしい金額のアクセサリーは買えないから。だから買わない。本当に欲しいものが買えないとしたら、買わないほうを選ぶ。妥協はしたくないという想いが、すごく強かったかな。



じゃあ、ほんとうの私はどういうひとかっていうと、がらくたが好き。ちょっと変わったものが好きなんですよ。そういうことを、自分に許してあげてもいいのかなって。自分自身を自覚してからは、もっと、自分を解放する方向にむかいました。しだいに自分を取り戻すというか、自分が等身大でそれなりに価値のある存在だということを受け入れられるようになりました。いまは、“こうでなければならない”という決まりはなくて、持っててわくわくするものとか、ていねいに使ってながく一緒にいられるものを選んでいます。

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