1. ベトナム紀行 サパ編

旅

藍色に染まった指先で、刺繍にいそしむ女性たち。
霧の村に生きる少数民族との出会い。

旅往く鞄 ベトナム・サパ篇

鞄といえば旅、旅といえば鞄。
旅と鞄は切っても切れない存在です。旅好きの土屋鞄スタッフが歩んだ、忘れ得ぬ思い出の旅行記をお届けします。

ベトナムのずっとずーっと北の山間に、藍染めの衣装に身を包む少数民族が暮らしているという。ふだん口数は少ないが、布集めに目がない旅の相棒が、珍しくちょっと興奮気味に教えてくれた。
エスニックなベトナム料理に、三角の藁帽子、そしてバイク、バイク、バイク……。そんな私のベトナムへのイメージが、「少数民族」のひと言で、ぐるりとひっくり返された。
私たちは、おいしいフォーもそっちのけで、噂の少数民族たちの住む村を目指し、インドシナ半島で最も高い山・ホアンリエン山(1650m)の山間部、ベトナムのサパとその周辺の村々に向かった。

旅


ベトナム

霧の中からゆっくりと浮かびあがる。美しい棚田に、のんびり歩く水牛。

3メートル先は、何も見えない。深く濃密な霧にすっぽりと、村ごと覆われてしまうサパ。ここが、少数民族の住む奥地の村への入り口。藍染めの生地で仕立てたショートパンツに、短い浴衣のような上着を羽織った「黒モン族」の女性たちが、車では踏み入ることのできない15キロもの険しい道のりの案内人だ。

豚の餌を背中に高く積んだ黒モン族の子どもが、背後の霧の中からボワーッと浮かび出たと思えば、あっという間に私たちを追い越し、また霧の中に消えてゆく。一寸先もわからない道を、小柄な黒モン族たちは迷うことなくひょいひょいと進む。幅20センチほどの狭い道の眼下は崖のようになっていて、彼女たちの手を借りずには、到底進めるはずもない。霧に包まれた谷間には、ヤギ飼いの歌声とヤギの鈴の音が静かにこだましていたり、なんというかもう、浅い夢の中にいるみたいだ。

8キロほど歩き、山間の村全体を一望できる高台に着くと、待っていたかのように霧が引いた。
私たちを迎えてくれたのは、一面に広がる美しく整えられた棚田の風景。水牛がのんびりと歩きながら田んぼを耕し、女性たちが手で田植えをしている。

タイムスリップしたかのようなふわふわとした心地で、私たちは村へ降りて行った。

旅


ベトナム


旅

彼女たちの手にはいつも、刺繍道具と紡ぎ糸が。

桟橋を渡りラオチャイ村に到着。周辺に住むモン族や赤い座布団のような頭巾を被った赤ザオ族が、細かな刺繍を施した鞄や素朴な民芸品を売り歩きに、わらわらと集まってきていた。
それぞれの民族が、古くから伝統を受け継いできた、少しずつ個性の異なる衣装を身にまとっている。

糸をつむぎ、生地を織り、藍染め、刺繍、縫製まで、彼女たちの衣装は全て自らの手で、約1年間の歳月をかけて作られているそうだ。歩いている時でさえ、彼女たちは暇さえあればいつも、糸を紡いだり刺繍にいそしんだりしている。彼女たちにとって手仕事は、呼吸するのと同じくらい日常的で身近なものなのだ。

旅

美しい自然の中に映える、藍色の民族衣装の女性たち。

道ばたの草木を器用に編んで遊ぶこと、変わりやすい山の天気を甘く見ないこと、歩きやすい足場を瞬時に選ぶこと。霧深い山間の暮らしの中で育んできた自然の知恵が、彼女たちの身体には染み付いている。
そして、濃紺に染まった民族衣装を身につけた彼女たちの姿は、自然の美しさに敬意を払う正装のようにも見えた。

黒モン族の女性たちが私に差し伸べる手の指先は、藍で染まった紫色をしていた。
ふだんパソコンのキーボードばかりに触れている、私のか細く頼りないこの手を見返してみて、少し恥ずかしくなった。同時に、私のこの手も彼女たちと同じように、繊細で美しい刺繍や衣装を生み出すことのできるパワーを秘めているのだと知り、うれしくも思った。
今度は彼女たちの手を借りずに済むほど、もう少したくましくなった私の手で、この村にまた必ず戻ってこようと思う。

(2008年8月)

TOP