1. タンナー 大喜皮革

職人

透明な静けさと水音の中で、職人たちは今日も、革をつくり続ける。

土屋鞄のものづくりを支える、さまざまな日本の職人技をお伝えします。
【皮革タンナー】大喜皮革篇


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それはまさに別空間だった。突然、今まで嗅いだことのない、むせ返るような臭気が鼻腔の奥を襲う。大量に重ねられた、まだ毛の付いたままの生々しい原皮の表面には、四角い塩の結晶が噴き出している。鞣したばかりのヌラリとした真っ白な革からは、目にしみるような酸っぱい匂いが漂い、深い霧のように立ち込める湯気の中に透明な水音が絶え間なく響き続ける。色鮮やかな顔料に激しくまみれた机と椅子は、まるで前衛芸術のオブジェのようだった。

タンナーという、別空間

 前ページで描写された情景はすべて、兵庫県姫路市にあるタンナー、「大喜皮革」での、ほんの数コマに過ぎない。土屋鞄の製品でも多く採用している今もっとも意欲的で、革新的なタンナーのひとつである。

工房

ちなみにタンナーとは、動物の皮膚組織である「皮」を、柔かいまま腐らないように処理し、素材として使える「革」に加工する職人たちのことだ。その加工の工程を「鞣し」といい、植物に含まれる渋(タンニン)やクローム酸塩などの化学薬品を使って行われる。鞄職人にとってタンナーは、素材を供給してくれる大切なパートナー。まさに「革の匠」と呼ぶべき存在である。

ひとくちに革の製造と言っても、鞣し工程を含め二十以上の工程がある。そしてそれぞれに、高度に専門化された職人たちが置かれ、その綿密な連携プレーによって革が作られていく。例えば、染色担当のあるベテラン職人はこれまでの三十五年間、染色工程一筋に携わってきた。タンナーとは、こうしたスペシャリストの集団なのである。

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洗濯機で何百回も染色の実験

そんなタンナーの実際の作業は、重い半裁(牛一頭の半分の大きさ)の革を一日に十数枚も扱うかなりの重労働である。また革を鞣す時などには気が遠くなりそうな臭気が発生し、顔料や薬品などで服や靴は汚れっぱなし。その上、巨大な回転ドラムやプレス機を扱い、酸やアルカリなどの薬品、熱湯などを使用するため、常に大きな危険がつきまとう過酷な仕事だ。どの職人も身体つきがゴツゴツとして眼光が鋭いのは、決して偶然ではない。

だが、革職人の真の厳しさはむしろ、精神面にある。タンナーが扱う革という素材は、天然素材ゆえに一枚一枚の品質が微妙に異なり、環境の変化に非常に敏感。従って、原皮のコンディションをはじめ、その日の気候や作業場の温度・湿度などによって、作業の質や量、薬剤投入などのタイミングを微妙に調整しなくてはならない。そのためクオリティの高い革づくりには、長年の経験と熟練した技術の獲得が絶対条件だ。例えば職歴三十五年を数えるある染色職人は、若い頃、自宅の洗濯機を使って何百回も染色の実験をやっていたという。たったひとつの色を出すためにそこまでしてしまうのが、タンナーの職人魂なのだ。

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タンナー、それは誇り高き男たち

タンナーの仕事は、無限の変化を持つ自然との、厳しい真剣勝負の連続だといっていいだろう。だから、各工程に携わるスペシャリストたちの顔には、何十年にもわたる闘いの歴史がピンと張り詰めた表情となって刻まれている。けれどそこには、永遠に彼らの前に立ちはだかり続ける自然への素直な畏敬の念と、それに真正面から闘いを挑み続けてきた男たちの揺らぐことのない自信がにじみ出ていた。華やかでファッショナブルな革製品の根底を支える男たちの仕事はおそろしく地味に見えるが、一つの道を究めた職人としての誇りに満ち溢れるものなのである。

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大喜皮革株式会社
兵庫県姫路市花田町高木字山本280
創業は1947年だが、ルーツは1861年(文久元年)。

(2006年5月)

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