それぞれの心の中にいる、大切な「あの人」。
贈り物にまつわるエピソードを通じて、その人の姿が見えてきます。
午後の光が降り注ぐ店内に入ると、カウンター越しに柔らかな笑顔が迎えてくれた。場所は東京・鳥越にあるカフェ「T」。夫婦で活動する「meme meal」の料理を楽しむことができるお店だ。料理を担当するのは安居未緒さん。週替わりのランチを注文すると、ジュウジュウカチャカチャとにぎやかな音が聞こえてきた。香ばしい匂いにおなかも刺激されて、夕飯を待ちわびる子どものような気分になる。「お待たせしました」。運ばれてきたひと皿にはパリッと焼かれた豚肉と雑穀ごはん。色鮮やかなとうもろこしに、ふんわり巻かれた卵焼き……。多くの家庭で食べ継がれてきた馴染みの味が、ぎゅっと詰まっていた。
もともと料理が好きで、家族や友人に料理を振る舞ったり、知人のお店を手伝ったりしてきた安居さん。本格的に料理を仕事にするようになったのは、知人から週に1度の社員食堂をお願いされたことがきっかけ。社員の好みを聞いて考えられたメニューは好評で、気がつけば週の大半を出張社員食堂やケータリングに出かけるようになっていたという。
安居さんの料理の先生は、亡くなられた母方のおばあさま。屋号meme mealの「meme」はフランス語で「おばあちゃん」を意味する。「私にとってご馳走といえば祖母の料理でした。どうしてこんなに美味しい料理がつくれるのだろうと、少しずつそのレシピを書きためていったんです。TV番組の真似をしたのよって祖母は言っていたけれど、旬を大事にした料理はどれもとても美味しくて」。安居さんの料理を食べると、なぜ柔らかで幸せな気持ちになるのか。このエピソードを知ったときに、理由が少しわかったような気がした。そこには、ご馳走だったおばあさまの料理を食べたときの、幸せな記憶も映り込んでいるに違いない。
「祖母はどういう存在か……癒やし、ですね」。ふたりの関係は「祖母と孫というよりも、友だち同士のような感覚」と言うように、好みも共通する部分が多かったそう。たとえばこんな思い出がある。あるとき、安居さんが使っていた北欧メーカーの化粧ポーチに目がとまったおばあさま。「あらかわいい、買ってきて」とお願いされたそうだ。安居さんも、おばあさまが使っていた調理道具のなかから、かわいらしい鍋を譲り受けている。「すごく古いから使えないんですけど、見た目や形が気に入って持って帰ってきちゃいました」。
毎年、誕生日にはプレゼントを贈っていた安居さん。おばあさまが「いいお財布がなかなか見つからない」と言っていたのを聞き、探してたどり着いたのが、土屋鞄製造所の長財布だった。「シンプルで使い勝手が良く、それでいて上品な、まさに祖母の好み」のその財布は、贈るととても喜んでくれた。「すごく気に入ってくれて、亡くなるまでずっと使っていました。祖母を想う気持ちが届いたようで……うれしかったです」。その財布は安居さんが受け継ぎ、いまも大切に使っている。
お話を伺うあいだ、安居さんはとにかくよく笑っていた。そこには少しばかりの照れも混じっているのだろうけれど、大好きなおばあさまのこと、料理のことを聞かれて、思わず顔がほころんでしまう、そういう種類の笑顔だったと思う。話すだけで自然と笑みがこぼれるような大切な存在が、自分の中に生きている幸せ。誰かのために料理をつくることも、贈り物を選ぶことも、そうした幸せを確かめることに、きっとつながっている。