1. セーラー万年筆 / ものづくりを訪ねる
セーラー万年筆工房ものづくり

何を書こうか、なんだかいつもとは違う気分にさせてくれる万年筆。万年筆を使うことの魅力には独特の書き味のほかにも、インクで遊ぶ楽しみもある。手紙を書くときはこの色、いまの季節にはこの色が似合うなど、そのときの気持ちや相手に応じて使い分けてみたり。

万年筆のインクを探していたときに、「インク工房」というイベントを知った。インク工房とは、セーラー万年筆・インクブレンダーの石丸 治さんが、注文者の目の前で希望した色のオリジナルインクをつくるイベント。はじめてインク工房に参加したとき、いろんな「うれしさ」があった。つたない言葉で表現した色をにこやかにくみ取ってくださり、そこからみるみるうちに石丸さんの手から色が生まれる。目の前で、思い描いていた色が出来上がっていく高揚感。それが手に入ること自体ももちろんうれしいが、つくられる過程を一緒に楽しめたこと、そしてつくり手から直接手渡されることにも感激した。
ユーザーと一緒につくり上げる体験について、ものをつくる側からはどのように感じているのかをうかがいたく、後日石丸さんに取材を申し込んだ。

工房


セーラー万年筆
セーラー万年筆 工房

「色というものには興味をもっていました。小さい頃は身体が弱く、内向的な性格だったんです。元気に走り回るというよりは、その辺にある花を採ってきて、絞って色水をつくって遊んでいました。赤い色水に灰を溶かして入れると青色になる、ということをやってみせると、みんなびっくりする。自分でもひとをびっくりさせることができるんだ、と内向的な少年ながらそこに社会との接点を感じていました」

その体験が、しだいに化学への興味へとつながった。石丸さんは、大学卒業後にインクの研究職としてセーラー万年筆に入社する。しかし入社当初は研究漬けの毎日、というわけではなく、朝から万年筆製造を手伝う日々。夕方からは、インク製造へ。そして、夜10時ころからようやくインクの実験に取りかかっていた。朝、就業前には、会社のソフトボール部の朝練にも参加し、さらに夜仕掛けた実験の様子を見に行っていたというから、とてもハードな毎日だったことがうかがえる。

美術の時間に絵具がついた筆を洗うとき、水の色が変わっていく様子を楽しんだ経験がある方も多いのではないだろうか。
石丸さんはインクを調合する際に、インクを洗った廃液に着目するようになる。たとえば、黄色いインクを洗う。次にそのなかに青色を流すと、その瞬間ありとあらゆる分量の組み合わせで黄色と青色が混ざっていく。黄色と青色が「攻め合って」いて、黄色っぽい黄緑だったり青っぽい青緑が生まれる。そんな様子を毎日見続けていると、何色と何色がどれくらい混ざったら、どんな色になるかということが具体的にイメージできるようになってきた。
「これはきれいな色だなとか、今日の組み合わせは汚いなとか。毎日たったひとりですから、そんなことでも見ておかないと、さみしくてしょうがないんです(笑)」
インクを入れる順番や、どうやったらインク同士が均一に溶けるのかを考えながら見ていた。こういった細部への観察眼が「もっといいもの」をつくり出すために、とても大事なことなのだと思う。この経験が、インク工房でさまざまな色をつくり出すうえで、とても役にたっているという。

ものづくり


工房 セーラー万年筆

石丸さんにはインク工房をはじめることにもつながった、大きな気づきがあった。
そのきっかけは「ペンクリニック」という、ペン職人が万年筆の修理や調整を行ってくれる、セーラー万年筆のイベントだ。石丸さんは10数年前にこのイベントに同行していたときに、参加したお客様がとても喜んで帰っていく様子が印象に残った。何がそんなにうれしいのか、どうしてそんなに喜んでもらえるのだろう。当初は「書けなくなった自分の万年筆がまた使えるようになった」から、うれしいんだろうと思っていた。しかし、次の開催時にまた同じ方がやってくる。万年筆は書けるようになっているが、今度は自分好みにペン先をカスタマイズしてほしい、と。そしてさらに、次のイベントにもまた同じ万年筆を持って参加している。
「このお客様は何しに来ているんだろう、と思ってね。もしかしたら、この場にきていることがうれしいのかな、と。当時は万年筆好きって、マイノリティというか少数民族なわけですよね。でも少数民族がいろんなところからペン職人(長原宣義さん。現在は引退)を中心に集まるわけじゃないですか。集まったら、その待ち時間にみんなで話しながら過ごすんですよ。たしかに、万年筆がよくなっていくのはうれしい。でもこのイベントに参加して万年筆好きと集まること自体を、お客様はおもしろがっているんだろうなと思いはじめたんです」

セーラー万年筆

この感覚は、インク工房に参加したときにも同じように実感していたので、石丸さんにもそういう想いがあったことがうれしかった。インク工房で自分の番になったとき、まわりでその様子を一緒に楽しんでいる方がいることに気づく。インクをすでにつくり終えた方が残り、その場が「万年筆や色が好きなひとが集まるコミュニティ」となっていた。ふだん、万年筆のインクについて誰かと話すこともないので、石丸さんを中心としたインク好きな方とのやりとりがとても新鮮な場だった。その出来事を含めて、インク工房がいい思い出となったのを覚えている。

「万年筆ってどんどん下火になっていた時代でしたけど、もしかしてこういう楽しみ方ってあるんじゃないかなと、おぼろげながらに思っていました。もし自分がやるとしたら、なんだろう。それならインクだろうって。どういうイベントになるかなって思ったときに、自分の実力も顧みず、ひとりひとりほしい色というのをつくってあげられたら絶対いけるよなと。このときは、妄想です。でも、ときどき周囲には漏らしてたみたいですね。こんなことやりたい、って言ってたみたいです」

工房


ものづくり 工房

インク工房でオーダーされる色は、移り変わりがあるという。インク工房のファンでもある方がボランティアで、石丸さんの手元に残っていた9年分のデータをもとに、カラー分布図を作成してくださった。それをみると、3年ごとに傾向が変わっていくのがよくわかる。
「最初の3年はね、皆さん恐る恐るだと思うんですよ。本当にできるのかなって。わりとわかりやすい色が多かったかな。それで次の3年が、そこから少し曖昧にしたような色。グレーがかったような。直近の3年は、ものすごく突出した色が多いです。極端に薄い色とか。それだけ色が広がったということですよね」

ひとと万年筆の話をするには、使った経験やある程度知識がないと楽しめないことが多い。しかし、色の話は「好きな色・苦手な色」などどんなひとでも気軽にできるし、敷居が低い。
以前、たまたまイベント会場を通りかかった男性の方に何をやっているのか尋ねられた際に、「お好きな色をつくっているんですよ」と伝えると、興味をもってその場でインクをつくってくださった。万年筆を持っていなかったその方は、そのインクを使うために万年筆を1本購入。そして次のイベント開催時には、インクの入っていない6本の万年筆を持って来てくれたという。インクから万年筆の楽しさに触れて、世界を広げてもらえたのが、石丸さんにとってもうれしかったという。
「万年筆のインクを楽しんでもらうひとたちが、これからも増えてほしいです。そしていま楽しんでくださっている方が、よりいっそう深い楽しみや新しい発見をしてくださったら、うれしいですね。それに対して微力ですけれども、何かのお手伝いができたらいいなと思います」



セーラー万年筆
〒135-8312 東京都江東区毛利2-10-18
TEL 03-3846-2651
url. http://www.sailor.co.jp/

インク工房の開催日程については、こちらから http://www.sailor.co.jp/event

2014年9月に取材

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