1. 金子眼鏡 / ものづくりを訪ねる

福井県鯖江市と聞くと、「眼鏡」がすぐに浮かぶ方も多いのではないでしょうか。鯖江はいまや日本のみならず、イタリア・中国と並ぶ世界的な眼鏡の生産地。市の就業人口のおよそ6人に1人が、眼鏡産業に従事しているという、ものづくりの街だ。そんな眼鏡の聖地に自社工場を持つ、金子眼鏡(かねこがんきょう)を訪れた。

金子眼鏡は、眼鏡の製造から販売まで手がけるメーカー。分業での生産が一般的な眼鏡業界において、一貫生産体制でオリジナルの眼鏡をつくっている。それがどれだけ稀で大変なことなのか、お話をうかがうまで正直ピンとこなかった。説明をお聞きしながら眼鏡づくりを見学すると、想像を上回る工程の多さや繊細な作業の連続に驚く。鯖江の街全体で、100年以上分業生産で眼鏡づくりが発展してきた歴史を考えると、すべての工程を一社でまかなうのは人材・技術・設備面でも、なかなか実現が難しいことなんだろうとわかった。

自分たちでつくり、店舗で販売するところまでを手がける点。そして、若いつくり手を育てることが自社だけでなく、業界の活性化にもつながるという考えに土屋鞄と近しい想いを感じ、取材をお願いした。今回お話をうかがったのは、工場の生産管理を担う市川純一郎さん。2009年に一貫生産へと歩みを進めることとなった、キーパーソンのおひとりともいえる方だ。


「まだ一貫生産でないときには、いまテンプル(眼鏡のつる)業者側で生産が立て込んでいるから納期がずれそうとか、この企画は分業だと製作に時間がかかる、というようなことがけっこうあって。それでも、最初は一貫生産しようなんてビジョンはなかったです。社長には“一貫生産でやりましょうか”と冗談で言ってたかもしれませんが。でもよく考えてみると、自分たちの納得したものづくりがしたいという想いは、ずっと根本にありました」

いざ、自分たちでつくろうと決めても、いくつも大きな問題にぶつかった。やろうという気持ちは高まっても、それを具現化することは大変な道のりだ。業界のいろんな方から、「できるわけないよ」と言われたという。しかし市川さんは、誰かができることなら自分もできるだろう、という気持ちで前へ進む。そんなのみんなやらないよということも、相当試した。
つくるための機械を納品してもらっても、使い方がわからない。まずは、自ら機械を動かし、知ることから始まる。そうやってひとつずつ自分たちで考えながら、クリアしていく日々が続いた。なかでも試行錯誤を繰り返したのが、「シューティング」という工程。テンプルとなるプラスチックの生地に熱を加えて柔らかくし、なかに金属芯を打ち込むという難しい作業だ。
「生地の種類や色だけではなく、生産された年や条件によって、金属芯を打ち込む速度や高さが全部変わってくるんですよ」
秒単位で生地が伸びたり縮んだり変化するため、ストップウォッチで測りながらタイミングを合わせる。うまくいかないと、金属芯が途中で入らず、ぐちゃぐちゃに。温めすぎると、おもちが焼けるように生地が膨らんでしまう。眼鏡に使用するたくさんの生地それぞれにあった温度や速度等の条件設定を、ひとつひとつ探っていったという。これだけでも、気の遠くなるような話だ。

実演しながら出てくる言葉からは「機械をマスターし、使いこなす」ということ以上の境地に達した、市川さんならではの想いが伝わる。
「生き物みたいなんです、生地の1色1色が。それをわかってあげないといけない。生地になったつもりで考えなさいって。まあ、その考え方をほかの人に教えるのは、難しいですけどね。最後には、生地にお願いしろっていいますもん。“入ってください”って」


眼鏡づくりの工程や一貫生産にたどり着くまでのお話をうかがっていると、「この方はいったい何者なんだろう」という想いがわいてきた。淡々となんでもないように話されている当時の様子は、とうてい誰もが真似できるような内容ではない。目指すものに向かう強さや「もっとこうしたい」「ならば自分が」という、執念のようなものさえ感じた。そのことを正直に伝えると、「半分意地みたいなもの。格好良くいえば、情熱っていう部分もあるし。ロマン。根本はそこらへんですよ」と、これまたさらりと教えてくれた。

市川さんの眼鏡に携わる仕事は、金子眼鏡とは別のところからスタートしている。「バイトみたいな感じ」で入った眼鏡業界を、最初はちょっと馬鹿にしていたという。手を動かしてものをつくることが好きだったこともあり、たまたま働き手を探していた金型製作の道へ。そこで目の当たりにしたのは、金型製作に求められる高い技術だった。
「製品のもととなる型をつくるって、いちばん大事なことかなと。やってみて、そこに魅力を感じました。型がよかったら、いい製品ができる。本当に重要な部分なんです」
市川さんが金型製作を行っていたころは、一型つくると、2,000〜3,000枚分を一気につくる、大量生産の時代だった。その3,000枚をつくるために、金型がしっかりしていれば、最後まできれいなものがつくれる。
「そのころはまだ、三次元で切削する機械ってそんなになかったんですよ。ですからやすりを使って手で丸みをつけたりしてました。いまの眼鏡はミニマムなすっきりとしたデザインが多いですが、昔はけっこう複雑な彫刻、段差やラインが入っていました。難しかったですね」

発注主の依頼通りにつくって、ただ大量生産するということにしだいに違和感を感じていたころ、OEMではなくもう自分でやろうかとも思っていた。そんななか、金子眼鏡と出会う。
「コンセプトを持った、自社ブランドの商品を売るところがいいなと。表だけのデザインや、安いですよということではない、中身のある眼鏡を売ろうという会社ですね」



まだ経験の浅いつくり手には、特に強く伝えていることがある。 「作業を覚え始めのころは、工程をこなしてるっていう感覚になってしまう。そうじゃなくて、眼鏡をつくってるっていう気持ちでやりなさい、と伝えています。単に部品をねじで組み立てる、ではなくて“眼鏡をつくるための作業”という感覚で、と」
穴をあける、材料を切る工程としか思っていないと、それ以上想像力が働かなくなってしまう。工程の延長上に眼鏡になることを想像していれば、いろんな気づきが生まれる。 「たとえば、眼鏡を想像していれば、寸法が違ってしまってるものも気づきます。“この長さだと眼鏡にならないんじゃない?”って。ものの考え方ですね」

「眼鏡をつくってる、という気持ちでつくる」というのは、はっとさせられる言葉だった。これは、どんな分野にもいえることなのかもしれない。鞄製作においても、大事なのは「この鞄は誰かが手にとり、毎日をともに過ごす」ことを想像しながらつくること。パーツの裁断や縫い方ひとつとっても、全体のなかでどういう役割があるのか、どう見えるのかを意識するのとしないのでは、きっと仕上がりも変わる。

市川さんがいちばん最初に育てた職人たちが、最近入社した方たちに「眼鏡つくってると思って、考えてつくりなさい」と伝えているのを聞いたという。
「やっとこいつらもわかったんだなと。そいつは、もう自分の言葉として言ってました」とうれしそうに話す。


うまくつくれるように進歩しているかどうかは、なかなか実感しにくい。
「とにかく経験かな。“コツ”っていうものはない。ひたすらやる。たとえば基礎の磨き作業も、いつの間にかきれいに磨けるようになっているっていう感じ。1日でぱっと変化するものじゃないですから。新しい子が入ってきたとき、数年やってる子の手つきを見て“あれ? 君2、3年いるだけあるね”と違いがわかるような。根気はいりますね」
金子眼鏡が追い求める技術を、少しずつ次の代へと継承し、自分たちが納得したものをつくり、販売する。
「まだ下手なのかもしれないけど、この会社がつくっているから、味になっていい。そう思って買ってくれる方がいるなら、その人たちのためにもつくっていきたい。負けたくないですけどね、どうせやるからには」



【KITTE丸の内店(東京)にて】 眼鏡が、整然と美しくディスプレイされた店内。鯖江の工場で生まれた眼鏡は、全国の店舗に並ぶ。市川さんは、企画から売り場までぶれずに金子眼鏡の気持ちが伝わる環境にも、やりがいを感じているという。「売り場のスタッフが、自分たちの商品を一生懸命接客している姿をみると、つくってよかったなと思います」



金子眼鏡
〒916-0001 福井県鯖江市吉江町712-2
TEL 0778-51-2673
url. http://www.kaneko-optical.co.jp/

2014年5月に取材

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