革を裁つ時、曲線などところどころイレギュラーなラインが含まれる方が普通だ。革の裁断は、こうした様々なシルエットを全て、垂直に包丁を当てながら裁っていかなければいけない。少しでも気を抜けば革の断面は容易に斜面となり、下手をすれば階段状になる。そんな断面同士で組み立てたものは、精度が高いとはとてもいえないだろう。いや、それどころではない。あらぬ方向に包丁がすべり、革表面に傷をつけてしまったり思わぬ怪我をしてしまったりしかねないのだ。 さて、いよいよ革包丁の研ぎが始まる。土屋が持ってきたのは、台の上の木枠のようなものにレンガ色をした長方形の砥石が固定された、研ぎ台。その横には、水を入れたペットボトルが置いてある。ちなみにこの木枠は土屋の手製なのだそうだ。 まずは砥石全体に水を行き渡らせ、砥石の先の方に革包丁をセットし、両手を添えて角度を探る。一瞬、それらの動きが止まったかと思うと、次の瞬間一気に革包丁を手前に引き、また砥石の先端まで滑らせながら戻して手前にひく。一見往復しながら研いでいるように見えるが、力を入れるのは手前にひく時で、砥石の先端に戻す時にはただ表面を滑らせているだけだ。 後から聞いた話だが、この研ぎの作業中は息を止めていないと、力が抜けて上手く研げないのだという。 研ぎ始めてから3〜5分くらい経っただろうか。「もういいかな」と我々に見せられた革包丁は、痛いほどの午後の陽射しを鋭く反射して、大げさでなく本当に眩いほどだった。かつてハガネを知り尽くした熟練の鍛冶職人によって何度も焼き直され、繰り返し鍛えこまれた革包丁の刃先は、研ぐことによって徹底的に磨き込まれ、銀の鏡のように私達3人の顔を映しこみ、地金の美しさを誇らしげに語りかけているようだった。 「革包丁を研ぐ時はね、気をつけなければならない点が3つあるんだよ」と土屋は語る。 ひとつは砥石を端から端まで広く使い、砥石が平らに減っていくように使うということ。もうひとつは、刃先が真っ直ぐになるように研ぐことだ。角が丸かったり、刃先が曲線を描いてしまうのでは裁ち断面が甘くなってしまう。このためには研ぐときに真っ直ぐ、直線的に引かなければならないのだ。そして3つ目が、断面を平面に研ぐことだ。革包丁は調理用の包丁のように両刃ではなく、切り出し刀のように片刃になっている。研ぐ時は実はこの斜面の方だけを研ぐのだが、その斜辺が直線でなければ刃の食い込みが悪くなってしまい、正確な裁断が難しくなるのだ。そのため両手を添え、常に一定の角度を保ちながら研がなければならないのだ。 この3つのポイントをつかんで正確に研ぐというのが、実は思う以上に難しいことなのだと、土屋は力説する。「革包丁を見れば、その人の技量がだいたいわかるね。だから、うちではデッチにまず包丁の研ぎ方から徹底的に教えるんだ。職人というのはね、ただ物を作れるだけじゃダメ。物を作るために必要なことが、すべて自分でできるようになってはじめて職人と言えるんだよ」。 ここまでの説明をし、土屋がおもむろに見せてくれたのは、数え切れないほど研ぎ直し、刃先が短くなるまで使いつぶした革包丁の数々であった。それはあたかも、数々の戦場を駆け巡り、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の老雄の傷痕を見るかのような、心躍る瞬間だった。
さらに土屋が呼びかけて、ベテラン職人の結城と石川、中堅職人の福田、そしてデッチ頭の金澤がそれぞれ愛用の革包丁を持ってきた。それぞれに刃先のラインや研ぎ角度が微妙に違っている。手仕事ゆえ、やはりそれぞれのクセが出るようなのだ。「きれいに研げている包丁でも、他人のはやっぱりなんか違和感があるんだよね」と、石川。「自分で研いだのに使いにくいときがあるんですけど」と、金澤が皆を笑わせる。 ベテラン職人は今まで、何本くらいの包丁を使いつぶしたのだろうか。「そうだね……6本くらい使いつぶしたかな」と結城(職歴42年)が語る。「今は、3本くらいを使っているよ。1本は少し大きめのやつだけどね」。 最後に……職人にとって革包丁とは何か、を訊ねてみた。「なくちゃあ、仕事になんないねえ」(結城)「大げさに言えば……“命”だね」(石川)「手足みたいなものかな」(福田)。 細心の注意をもって丁寧に研ぎ、結果としてまるで古墳時代の魔鏡のように磨き込まれた革包丁。そこに映るものは、まさにその職人の“本当の顔”なのだ。