私にとって未知の国であったキューバ。

訪れる前には、いくつかのガイドブックを読みキューバの治安の良さは承知していたものの、南米に位置するということからも危険は覚悟していた。そして様々なイメージを頭の中で作り出しながら、どくっどくっと、静かにけれども力強く打つ胸の鼓動を確かめながら日本を旅立ったのであった。


飛行機に乗る事20時間。ようやく憧れのキューバの地に足を踏み入れた旅の初日、ハバナ市内にはたくさんの人々が行き交い、常夏の国キューバの強い陽射しが街中を人々を焦がしていた。

そんな喧噪に包まれる街中であったが、どうしてだろうトゲトゲとした危険な空気を感じないのだ。

初めはカメラを出して歩くことを躊躇していた私たちだったが、だんだんとキューバの治安の良さを肌で感じていくことになった。

今回は、そこで出会ったたくさんの出来事の中から、キューバの人々の人柄や風習を少しずつではあるが紹介したいと思う。

■「よっ、チーナ!!」と声をかけてきたたくさんの人々

アジア人が少ないキューバ市内では私たちはとても珍しいようで、文字どうりジロジロと見られる。
そして、街を歩けば「チーナ」の呼び掛けに当たる、と言っても過言ではない程、アジア人の私たちを見ると決まって「チーナ」と声をかけるキューバの人々。「チーナ」とは、厳密に言えば中国の人々を称しているようなのだが、キューバの人々の大半はアジア人すべてまとめて「チーナ」と呼んでしまうようなのだ。

初めはやや戸惑い、「ノ、ノ、ハポネス」と日本人である事をアピールしていたが、日が過ぎるにつれ、「ハイ、どうも!」という程度に軽く流すようになってしまった。(笑)

中には、中国も日本も文化ごとゴチャ混ぜになっている人も多く、「ジャッキーチェン!!」「カンフー」「アチョー」などと身ぶり手ぶりで話し掛けられ、思わず「アチョー」と返した事もあった。 そして、本当にたくさんの人に声をかけられた中、「こんにちは!」「おはようございます」などの片言の日本語を話すキューバの人がたくさん居たことには驚いた。

またおかしかったのは、「吉田、吉田」と変化球的な呼び掛けを受けた時だ。これには笑った。かつて出会った日本人の名前だろうか?今だに疑問だ。(笑)

みな陽気で、話好き。いや話し掛けることが好きなのだと、身を持って体験する事が出来たと同時に、見知らぬ土地で陽気に話し掛けてくれるということは、時にとても心強く温かいものだと深く感じたのであった。

■あちこちで「ヒッチ・ハイク」そこから見て取れる治安の良さ

どんな旅でも同じであるように、一通りの緊張感を持ち空港から踏み出した私たちであったが、まず目にした光景は、あちこちで行なわれている「ヒッチ・ハイク」である。

若い女性(学生)も、小さな子供連れの親子も、あちこちで「ヒッチ・ハイク」をしている。治安の悪い国では考えられない光景ではないだろうか?調べてみると、交通事情の悪いキューバでは、国が「ヒッチ・ハイク」を推奨しているのだという。通勤にも、通学にも、「ヒッチ・ハイク」が当たり前の交通手段。みな仲良く、60年代から70年代製の渋いアンティックカーに肩を寄せ合ってのドライブ通勤だ。可愛い女性ほど、「ヒッチ・ハイク」の成功率は高いという部分は、万国共通の男性心理というところだろうか…。(笑)「ヒッチ・ハイク」からも感じられるように、どうやらキューバは他人との距離がとても近い国のようなのだ。


■「最後の人はだーれだい?」の問いかけに優しく手を上げた穏やかな目の男性

乗り合いバスの停留所でも、おもしろい風習を垣間見ることができた。
キューバではバスを待つ際、「一番最後の人はだーれ?」と声をかけ、「はぁーい!」と答えた人の後ろに並んでいく習慣のようだ。一つの停留所にいくつものバスが止まる為(案内板はない)、自分の乗りたいバスを待つ最後尾の人を探して待つという暗黙のルールが出来上がったらしい。私たちもこの風習にチャレンジするべく、片言のスペイン語で「○○行きのバスを待っている最後の人はだーれ?」と勇気を出して聞いてみた。すると、「あいヨ!僕が最後だよ」といった感じで手をあげた優しそうなお兄さんの笑顔に、「おぉー」と密かに感動を覚えたのであった。

■「いいわよ、私が払っておいたから」と言ったスマートに親切なカッコイイ女性

ギュウギュウに寿司詰め状態のバスの中、やや緊張気味で揺れに耐える私たちに、「どこから来たんだい?」と微笑むキューバ人のお兄さん。バスの最後尾を教えてくれた人だ。東京から来たことを伝えると、自分には東京に住む友達がいると嬉しそうに語り始めた。お互いに片言の英語を使っての手探りの会話だったが、それがまた楽しいのだ。人との出会いこそ旅の醍醐味だということは言う間でもないだろう。

さらに驚きの感動は、この後目的地到着の寸前に起きた。

乗車賃の回収をする為、ギュウギュウに詰まった人を掻き分けて車掌さんがやって来た。順番に料金を渡す人々。そんな中、私たちに順番が回ってきただが、お金を差し出した私の手を目の前にいる女性が押さえるのだ。そして静かに横に首を振った。

「いいわよ、私が払っておいたから」
っと、彼女は4人分のバス代を出してくれたのだ!
なんとも涼しげでスマートな親切に、またもや「おぉーーーーぉ」と低い唸り声を上げて感動してしまった私。もちろん社会主義国のキューバでは、バス代などはとても安く、数人分のバス代などそれ程たいした金額ではないが、見知らぬ旅人への優しい心使いには感動せずにはいられなかった。

■「一緒に一杯飲もうじゃないか!」と言った中学校教師パブロ

キューバを歩いていると、良く声を掛けられると同時に一緒に飲もうと誘われる。もしくはいつの間にか一緒のテーブルに着いている人がいる。僕も一杯などと、ニコっと屈託のない笑顔をむける彼ら。

これをタカリと呼ぶ勿れ。

タカリと考えた瞬間に旅の楽しさは冷めていき、キューバの人々への疑問の念が芽生えてしまう。これではいけない。楽しく話し好き。そしてちょっとちゃっかり者なのだ、くらいに考えるととても楽しい。おごりたくない時は、「ダメダメ」と言ってしまえばいい。人と出会う事、関わる事へ抵抗感を持たないキューバの人々の人間らしさに、是非触れてみて欲しいと思う。


■「陽気な笑顔を見れば、微笑み返さずにはいられない」

どれくらいの笑顔に出会っただろう。キューバの旅を振り返る今、たくさんの人々と交わした笑顔を思い出している。

カメラを向けるとニコッと素朴な笑顔を向けてくれたキューバの人々。フィルムなんて何本あっても足りなかった。どこを撮っても、誰を撮っても、絵になってしまう。時には、写真撮ったんだから1ドルおくれなんていう人もいたけれどそれも御愛嬌。 この国は、ヨーロッパの人々からはバカンスの国として愛されているが、是非その人々にキューバ人に出会いに行って欲しい。

複雑な歴史の中で、非人種化という人種に捕われない精神を養ってきたキューバの人々。だからこそ彼らの笑顔は澄んでいた。

社会主義国というよりは、平等主義国。そこには様々に複雑な政治の問題は残されているようだが、私達が出会った人々の目は、ギスギスとせず明るかった。そしてストリートチルドレンも、ホームレスもいなかった。

キューバのキューバ人であるという精神がどうか変わらずにいてくれることを願っている。私は、またいつか訪ねてみたいと思う。あの笑顔の人々に再会するために。

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文/渋谷志帆

掲載日 2004.5.7