■地球の裏側・南米ボリビアへいざ!

「ボリビア……って、アフリカだっけ?」
僕がボリビアに行くと話した人のうち推定8割以上が、アフリカのリビアやナミビアと勘違いしたようだ。なにせ帰国の際、日本の空港職員ですら「アフリカ、遠かったですね」と笑っていたくらいである。それくらい、ボリビアは日本人に馴染みの薄い国のようなのだ。だが僕にとっては、大学時代から続けているケーナの本場ということで、ボリビアはずっと、一度はその空気に触れてみたい憧れの国だった。そんなボリビアに今年、たったの8日間だったけれど、僕はついに行ってきた。というわけで、これからの話は僕のささやかなボリビア訪問記である。


■コチャバンバの楽器工房を訪問!

僕がボリビアで最初に訪れた町はコチャバンバ(Cochabamba)だ。ここはボリビア第3の都市で標高2500m以上の高原にあり、飛行機を降りると若干空気の薄さを覚える。しかしボリビアの中では比較的暮らしやすい気候で、昔ながらの伝統文化をとても大事にする土地柄だ。そんなコチャバンバでの一番の目的は、フォルクローレの名演奏家にして楽器職人でもあるイヴァン・アランドレスの工房を訪れることだ。彼のつくる楽器は内外のミュージシャンが愛用する正真正銘のプロ仕様で、観光客向けのちゃちなお土産物とはまるで出来が違う逸品なのである。

そんなイヴァンの工房を訪れたのは昼前のことだった。彼は笑顔で迎えてくれ、ひとつずつ部屋を案内しては詳しく説明してくれた。時々、彼のもとで働く職人たちが自分の作品を誇らしげに見せにくる。各部屋にはチャランゴという弦楽器に使うアルマジロの甲羅や笛を作る葦など、様々な材料が所狭しと並んでいた。ここではこうした自然の素材を仕入れ、素朴な工具や簡単な機械を使って、楽器をひとつずつ手作業でつくっていく。それだけに職人たちの目は、まさに真剣そのものだ。

工房の見学を終わって、僕はイヴァンに日本で買った彼のケーナを見せた。するとイヴァンはちょっと照れながら、「調子はどうだい?」と出来を訊いてきた。「僕にはもったいないくらいです」と言うと、彼は思わず破顔し、最後に試作段階の新しい楽器まで見せてくれた。どれをみても音の追求のために貪欲な工夫を試みた、興味深いものだった。すでに十分な名声を得ながらも、彼の品質を追求する姿勢は全く変わっていない。地球の裏側で素晴らしい“匠”に会えて、僕は幸せだった。

■ラパス最大のお祭り“グラン・ポデール”に参加!

ラパス市で開催される“グラン・ポデール(Gran Poder「偉大なる力」)”は南米でも有数の大きなカルナバル(祭典)で、特に昼から夜中までぶっ通しで行われるパレードが有名だ。これは色とりどりの衣装に身を包んだ何十という楽団とダンサーたちが入れ替わり立ちかわり市の中心部を突き進みながら激しく踊り続けるものだが、このパレードにボリビア在住の友人夫婦とその仕事仲間の人たちが参加することになっていた。当初はそれを沿道から見物する予定だったのだけど、友人にサポートを頼まれたので、何か手伝いたくてうずうずしていた僕は二つ返事で引き受けた。そんなわけで僕は、思いがけずこの大イベントに参加するチャンスに恵まれたのだった。

友人たちのグループは、昼過ぎの13時ごろから行進を始めた。僕の役目はビデオとカメラで撮影をしつつ、踊っているメンバーに水やレモンのスライスを渡すことである。踊りは坂の上から出発し、メインストリートへと進むことになっていたが、始まってすぐ「これは尋常な運動量ではない」と気がついた。痛いくらいの日差しの中で絢爛な衣装を重ねて羽織るだけでも体力をかなり消耗するのに、そんな状態で激しく踊りながら何キロもの道のりを歩き続けなければならない。しかも直前にものを食べると腹痛などを起こすので、昼食は摂らない。それに加え、この空気の薄さである。最初の休憩まで、30分ほど踊り続けていただろうか。休憩に入るとほとんどのメンバーは地面にしゃがみ込み、肩で息をするような状態だった。これを4時間以上……想像するだけで、高山病になりそうだ。

だが彼らは結局ひとりも脱落することなく、5時間踊り続け、行進し切った。その間沿道からは歓声が上がり続け、飲み物を差し入れ激励する観客が続出した。いくつものテレビ局が取材に現われ、踊っていない僕までがインタビューを受ける一幕もあった。休憩の時、前を行進していたグループのメンバーにも水を渡したら、嬉しそうに破顔して握手をしてくれた。終着地点にたどり着いたとき、既に陽が落ちて辺りはすっかり暗くなっていたが、全員に大きな達成感があった。メンバーは日本人もボリビア人も関係なく抱きあい、きらびやかな衣装を身にまとったまま“サルゥー!”と乾杯をした。こんな素晴らしい時間を共に過ごさせてもらって、僕はとても幸せだった。最初で最後の出会いになるかもしれないけれど、この日知り合えたアミーゴたちを、僕はきっといつまでも忘れないだろう。


■世界遺産・ティワナク遺跡と奇跡の虹!


ボリビアを発つ前日、僕は友人に頼み込んで、有名なティワナク遺跡に連れて行ってもらった。この遺跡は1500年ほど前のものとされ、2000年には世界遺産に登録されている。ラパスからは車で1時間半位かかるが、途中、友人は眺めの良い場所に車を停めて早朝の景色を見せてくれた。眼下に千切れたような雲が浮き、遠くを望めば彼方一面に勇壮なアンデスの山々が広がっている。そんな絶景を堪能していた時、僕たちの目に朝日をとりまく大きく美しい円形の虹が飛び込んできた。写真では太陽にかかったカサのように見えるけれど、実際に僕たちが見たものは、紛れもない7色の虹だった。飛行機からではなく、まさか地上で丸い虹が見られるとは!ボリビアに住む友人夫婦も初めて見たという。まさに神の奇跡としか思えない光景に僕たちは見惚れ、しばらくの間その場に立ち尽くした。

それから数十分後、僕たちはティワナクに着いた。4000m近い山の上とは思えないほど平らな大地に遺跡が忽然と出現し、透明な空に浮かぶつかめそうなほど低い雲の下で、リャマが草を食べていた。ここはスペイン人が遺跡を破壊して自分たちの町をつくる材料に使ったことと、まだ6割以上が未発掘なために、目にすることのできる遺構はあまり多くない。だがそれでも半地下神殿やピラミッド跡、太陽の門やポンセの石像など本で見たことのある有名な建造物や遺物を間近でじっくり眺めることができた。周辺にも、単なる古い廃屋なのかそれとも放置されている未確認の遺跡なのか、素人目には判別し難いものがあちこちに点在している。1500年以上も前に鉄器なしで巨石を切り出しては加工し、これほどの規模でこれほどの建造物をつくっていたことに、僕は驚きを隠せなかった。

■風のように過ぎ去ったボリビアの8日間

たったの8日間とはいえ、憧れのボリビアを旅した日々は僕にとってまさに夢のような時間だった。街では当たり前のようにアンデス音楽が流れ、様々な民族衣装をまとったインディヘナ(先住民)の女性たちが路地で果物などを売っている。そんな、ここでは掃いて捨てるほどありふれた光景が、僕にとってはすべて宝物だった。見上げれば手が届くかと思うほど雲が低く、透徹した空が雄壮無限なアンデスの向こうまでその青を運んでいく。ボリビアを発つ日、僕は空気が薄いことを忘れて、息が切れるまでケーナを吹き続けた。
■トリビア de ボリビア

・ ボリビアの事実上の首都・ラパスは世界一高いところにある首都。
・ ラパス市にあるエル・アルト空港は世界一高いところにある空港。
・ 銀山の町であるポトシは世界一高いところにある都市。1987年、世界遺産に登録。
・ ラパス市から35kmのチャカルタヤ・スキー場は標高5400m。もちろん世界一高い。
・ ボリビアにあるウユニ塩湖は世界一大きな塩の湖。塩でできたホテルまである。
・ 第二次世界大戦において、ボリビアはアメリカの圧力を受け日本に宣戦布告。
・ チェ・ゲバラは、ボリビアでCIAの協力を得た軍に捕まり、処刑された。
・ ボリビアはかつて海に面していたが、戦争でチリに海岸線を奪われ、今は海がない。
・ ボリビアはアンデスのイメージが強いが、国土の半分以上は密林と平原が占める。
・ ボリビアという国名は、南米諸国独立の父シモン・ボリバールの名にちなむ。
・ ボリビアの憲法上の首都はスクレ市。1991年、世界遺産に登録。
・ インディヘナの言語であるケチュア語は、日本語とほぼ同じ語順の文法を持つ。
・ ボリビアの食卓に欠かせない激辛調味料の名前は「アヒー」という。
文章/山添剛
★今回のボリビア旅行に同行したバッグはこれ!

今回のボリビア旅行には、なんと試作段階のプロータ 防水ポケットショルダーを帯同。ボリビアに限らず南米では、手持ちのバッグは簡単にひったくられ、背負いモノは後ろから刃物でズタズタにされて中身を持っていかれる危険があるため、小ぶりの斜め掛けできるショルダーバッグを前に抱えるようにして持ち歩くのが安心とされる。このポケットショルダーはかさばらない大きさといい手頃な収納力といい、さらに地図をすぐ出せる利便性といい、旅行にはピッタリだった。ちなみに旅行中雨は降らなかったが、前に持っている分食事のときに汚してしまうことがあり、水ぶきできる防水レザーはその点非常に便利。「プロータは汚れに強い」という、新たな特長を見出した旅でもありました。
plota防水ポケットショルダー


革の香りとともに歩む、忘れ得ぬ想い出の旅行記。旅往く鞄
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