デックス東京ビーチ
時は幕末1853年、芝浦沖。開国を迫る黒船来航に、200余年もの間海外への門戸を閉ざしてきた幕府は恐れをなした。急遽その防衛体制を整えるべく、品川沖に砲台築造計画が立てられ、それが品川砲台となる。こうした幕府に関わる建物や土地には「御」をつけて呼称する慣わしがあり、この砲台場は「御台場」、のちに「お台場」と呼ばれるようになった。ちなみにこの砲台は1926年には国定史跡名勝天然記念物に指定されている。

「お台場って、なんで『お台場』なのか知ってる?」
8月。世間も夏休みに入った日の朝は、起きるとそんな妻の話から始まった。聞くともなしに聞いていると、どうやら昨夜テレビで得たまめ知識のようだ。妻は得意気に僕に語り、その延長でなんとなく「お台場に行ってみようか」という話になってしまった。
もともと今日は、実家へ子どもたちを迎えに行かなくてはならない休日だった。
夏休みなのにどこにも行けない。そう不平を言う子どもたちに、自分たちだけでそう近くはない祖母の家まで旅をしてはどうかと提案したのは先週のこと。すっかり乗り気になった子どもたちを見て、仕事で構ってあげられない自分にしては、うまい夏休みの過ごし方を教えたものだと思った。しかし腕白盛りの子どもたちを、両親が面倒を見ていられるのも1週間がせいぜいだろうと考え、後から休みを取って迎えに行くと約束していたのだ。
妻は母にお礼がてらなにかを贈りたいと言い、僕はそんなに気を使うことはないと思った。しかし子どもを預けたのが妻の母であったら、やはり妻と同じように考えたろう。そうして、お台場で買い物をしてから実家へ向うことにしたのだ。

「お台場」とひとことで言っても、とにかく広い。スポットとして賑わうデックス東京ビーチ、国際展示場ビックサイト、女性に人気のビーナスフォート、家族で楽しめるアクアシティーや船の科学館。そして修学旅行の学生が訪れるフジテレビ。それらを結ぶモノレール「ゆりかもめ」。最近は温泉のテーマパークもでき、誰にでも楽しめる街ではあるが、逆にこれといった特色がないようにも思える。個人個人で楽しめる空間、それがお台場なのだろう。それがこの街の特色といえば特色なのかも知れない。
それにしても妻だ。そんな説明を僕に聞かせながら自分が行きたいスポットをちゃんと押さえ、この広いエリアでほぼ迷うことなく食事や買い物を先導した。
「ここインポートのキッチン雑貨が有名なの。お義母さん料理上手だから、いいんじゃないかな?」
「この中にお台場小香港があってね、そこに美味しいねぎラーメンの店があるの」
僕は思わず「来たのはじめてだよね?」と聞いてしまった。主婦は、いやテレビの影響はすごいなと感心してしまうばかりだ。そんな妻の後を着いて、中世ヨーロッパの街並みを再現したというビーナスフォートへ。日没から夜明けまでを照明で演出しているだけあって、とても屋内とは思えない。そういう雰囲気が女性に人気なのだろうと納得できる。

「別にここで買いたいものがあるわけじゃないの。でもおもしろいでしょう?」
ちょっとはしゃいでいる妻を久しぶりに見て、僕は悪い気はしなかった。

そして人工的に砂を敷いた浜辺があるというので、興味も手伝いその海へ向った。その海岸沿いからはレインボーブリッジを見渡すことができ、僕たちは言葉もなく、ただその砂浜に、いた。2人ともがそれぞれに歩いたり立ち止まったりするので、自然と距離ができる。けれどムリにそばにいて話をしなくても安心していられる居心地のよさが、夫婦にはあるのだと思った。それと同時に、いつのまにかこうした時間を過ごさなくなっていたことに、気がついた。
「子どもたちも待ってるし、そろそろ行こうか」
懐かしんでいた僕を、現実に戻す妻の声。車に戻ると、なんとなしに妻と目が合った。助手席の妻ははっとしたように体を左にひねり、シートベルトに手を掛ける。どうやら僕がベルトを締めろと合図したと思ったらしい。カチャリと金具を留めると、「どうぞ」と目で合図を返す。付き合いが長くても通じないことはあるもんだなと、笑ってしまった。
車が走り出してからはまた会話もなく、僕はFMを入れるよう頼んだ。
「こうして2人で出かけるのも、たまにはいいね」
スイッチをいれながら、妻がBGMにかき消されるような声で言った。僕はまっすぐ前をむいていたので、そう言った妻の表情はわからなかった。けれど視界の端で、シートに戻った妻が夏色の鞄を持っている手に、ぎゅっと力を込めたのに気がついた。
「まぁそれには、おじいちゃんおばあちゃんに頑張ってもらわないとね」
妻は照れを隠すように、さっきとは違う声音で笑う。その言葉と仕草に、出会った頃の妻を思い出しながら、僕は子どもたちが待つ実家へとハンドルを進めた。

ビーナスフォート