「友達の結婚祝いに贈るんだよ」と、デッチ伊澤が意気揚揚と作り始めた舟形の大きくてたっぷりとしたトートバッグがあった。けれども友人に捧げるはずの約束の日を過ぎても、どうしてかそのトートバッグは、まだ伊澤の元にあったのである……。

「デッチ同士の、コラボレーション計画」

ミシンたちも、そして職人たちも休みのはずの春先のある日曜日。静まり返った工房の作業台に、ドンっという活気ある音を立て目新しい革を広げ、鞄を作り始めたのは伊澤だった。「広告関係の仕事をしてる大学時代の友達の結婚祝いにさ、夫婦二人で共用できるトートをプレゼントしようと思って」。そう嬉しそうに話す伊澤の手先は、考えるより先にまるで急ぐかのようなピッチで動いていた。それもそのはず、今回伊澤はかねてから計画していた、友人とのコラボレーションで鞄を製作しようと言うのである。学生時代からの友人であり、伝統工芸師の組紐(くみひも)職人を目指す同じデッチ仲間でもある田畠さんと、このトートの共同製作を思いついた。バッグの母体部分を伊澤が製作し、持ち手には田畠さんの製作した組紐を起用するという、オリジナルのトートバッグである。

「美しいグラデーションを見せる組紐が、伊澤の元に届く」

本体に使う光沢感と張りのある薄手の革素材は、伊澤が秋葉原にある革屋に自ら出向き調達してきた。型紙を起し、革を裁断。それにミシンをかけてゆく彼の姿は、順調そのもの。そして作業も佳境に差し掛かった結婚式前日、田畠さんの仕上げた組紐の帯が届く。80cmほどの長さのその帯は、茶から黄色の美しいグラデーションを見せ、しっかりと組まれた糸同士のキュキュっときしむような組紐独特の感触がとても心地よい。デッチからデッチへとパスが渡され、ようやくそのトートは一つのかたちになろうとしていた。

「譲れなかった、職人としてのプライド」

「伊澤君、徹夜して作り上げて、何とか間に合ったいたみたいだよ」というデッチ仲間の噂を聞きつけ、数日後伊澤の元を訪れると、そこにはプレゼントしたはずの例のトートバッグの姿があった。驚く取材スタッフに、伊澤が「出来上がってみたら、あー、こりゃ全然ダメだって。それで贈るのやめちゃったんだ……」と苦笑いを見せた。持った時にかたちが歪んでしまうこと、口部分のホックが外れやすいこと、そして何よりせっかくの組紐の良さを生かし切れなかったことがネックになった。これは伊澤の作品であると同時に、田畠さんの作品でもあるのだ。それを大切な友人へ、胸を張って贈ることはできなかったのである。

その失敗作のトートを、伊澤は自分への戒めのように自ら使っている。「実はこのトートでこの前徳島の実家に帰ったんだけど、それを見て母親が欲しいって言い出して。だったらサイズを小さくして、組紐を生かせるデザインにして作り直すよって、約束してきたんだ。遅くなるけど母の日ってことでね」と、伊澤は早くもこのトートのリベンジを考えていた。

いったいこれからどれだけの失敗を重ねれば、納得のゆく鞄ができるのだろうか。それは伊澤自身が、職人としての生涯を通して問いつづけることとなるだろう。そして今日もまた、職人を目指すまっすぐな目をした若きデッチ伊澤は、悩み自問自答を繰り返しながら、鞄作りに励むのである。
文章/橋本恵
イサワ・ウエキのただ今、勉強中
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